このブログをご覧頂いてる読者の皆様は、恐らくご視聴済みの方が多いでしょう。
昨日のKKBの高校野球コーナー「めざせ甲子園」では、鹿実が注目校としてピックアップされていました。
まだご覧になっていない方も、KKBのサイトから視聴することが可能です。
http://www.kkb.co.jp/mezase2019/syokai-mp4.php?start=20190702_1
私は試合を見るのと同じくらい、毎年このコーナーの鹿実を見るのが楽しみです。ネットがスマホやPCが無く、今ほど試合を見に行く訳でもなかった頃は、大会前に唯一鹿実の選手を知る事が出来たのがめざせ甲子園の注目校紹介でした。だから、「今年はどんなチームなのかな?」「今年はどんな選手がいるんだろう」とワクワクしながら見てました。
もちろん、情報収集が容易になり、自分で積極的に公式戦を見に行けるようになった今でも、それは変わりません。TVの取材を通して選手たちの声や表情、詳しいエピソードを知る事が出来るのは本当にありがたいです。
そして、河野「主将」のエピソードも、私は恥ずかしながら今回の取材映像で初めて知る事となりました。
河野選手が怪我をした事、そして試合に出れない事をどう受け入れていいか分からず退部も考えた事、そこから悩んだ末にチームに復帰した事までは話に聞いていました。その後はメンバー表では山添選手が主将と記載されていたため、てっきり主将の肩書きも無くなっていたものかと思っていましたが…
その後も主将として、ベンチ外からチームのまとめ役を務め続けていたとは知りませんでした。
怪我をして復帰の道を絶たれた絶望感、主将なのに試合に出れないもどかしさ。そんな気持ちを奥歯で嚙み殺し、彼はこのチームで出来る仕事を全うし続けてきたのです。何という男でしょう。これが18歳の少年の決断なのか、私が同じ立場なら同じ事ができるのか……
このエピソードを今の今まで知らなかった私ですが、この春一冬越してきた鹿実の選手たちの雰囲気は、昨年秋と比べて何処と無く霧が晴れたように明るくなっていたのを感じたのも事実です。
「もしかしたらチームの状態が上がっているのかも」
そしてそれは、県大会準優勝という形となって証明されました。
山添「副」主将も口にしていましたが、そこには河野主将の献身があったからこそといえるでしょう。
鹿実は伝統ある強豪校として、毎年甲子園を目指すチーム作りをしています。「良い選手がいるから、甲子園に行けて当たり前」なんて言われる事もありますが、彼らにとっては3年最後の夏は特別な大会。自らの青春を全て捧げて取り組んで来た事、この夏が終わると二度と同じチームで野球が出来なくなる仲間との絆…その全てをぶつけるのが最後の夏の大会なのです。
彼らはエリートではなく、叩き上げ。揉まれて這い上がるのが鹿実の伝統です。
今年のチームは特にそうでした。
谷間の世代と揶揄され、メンバーのほとんどが入れ替わった新チーム。新人戦ではライバル樟南相手に乱打戦の末の大逆転負け。
秋の大会も、鹿児島城西の小峯投手相手に力でねじ伏せられ完封負け。
あの当時を思えば、よくぞここまでチームを持ち直したものです。
そこには我々ファンは絶対知り得る事が出来ない彼らの努力と苦悩の日々があったはず。
私は彼らにこの一年間を、これまでの1日1日を、彼ら自身が「間違いじゃなかった」ど実感できる夏にしてほしいと願います。
あの苦しい日々も、全ては皆んなで笑うため。みんなで歓喜の涙を流すため。
そのためにここまでやってきたのだと。
グランドで戦う彼らには、スタンドに構える県内一強力な「援軍」がいます。彼らの球場にこだまする声援は、全国どこに出しても恥ずかしくありません。
その中には、試合に出られない主将の姿があります。
彼を漢に、鹿児島一のキャプテンに。
その思いが形となる事を、私は強く願ってます。