屈辱を糧に

3月に開催される選抜高校野球大会の出場32校が、先日決まりました。鹿実は昨年秋の九州大会で初戦敗退に終わった事もあり、残念ながら選考外となりましたが、同じ鹿児島からは鹿児島城西が選出されました。

城西は昨年秋の県決勝でこそ鹿実が降したものの、九州大会では2勝を挙げベスト4進出。効率よく長打を重ねる得点力の高い打線と、鹿実戦でも好投した八方投手・前野投手の両右腕の実力は高く評価されています。

実は城西は甲子園は春夏合わせて初出場。夏は過去5回も決勝に進みながら、何もあと一歩で涙を飲んできた城西。実力的には毎年甲子園を期待されていた学校だけに、野球部、学校関係者にとっても悲願といえるでしょう。本当におめでとうございます。

鹿実ファンの僕としては、ライバル校に先を越されるのは正直に言って悔しい気持ちもあります。ただ、それ以上に城西の野球の素晴らしさも同時に理解しているつもりです。何より鹿児島の野球ファンとして、鹿児島を代表して戦うチームは応援したい。だから、心から甲子園での健闘を祈ってます。城西野球部の活躍は、きっと鹿児島の全ての高校球児にとって良い刺激になるであろうと、私は信じてます。

 


今回の城西の出場は、鹿児島県勢にとっても実に4年ぶりの選抜。その4年前の出場校は鹿実でした。強打者の4番・綿屋樹(JFE西日本)主将を中心とした強力打線と伝統の堅い守りを武器に、丸山拓也投手と谷村拓哉(専修大)投手の両右腕の継投で粘り勝つ総合力の高いチームでした。

地元鹿児島開催の九州大会では、2試合コールド勝ち。私はその2試合とも現地で観戦しましたが、その力強さに興奮した事を昨日のように覚えてます。

しかし、今回の「県勢にとって4年ぶりの選抜」という事実に、時の流れの早さを感じてしまいます。当時三年生だった選手たちは、大学に進学していれば今年が最終学年です。

「ついこの間だったあの年の春が、もうそんな昔になるのか」とノスタルジックに浸った時、私はふとある選手の事を思い出しました。まさにその4年前の鹿実の中心選手だった、板越夕桂選手です。

板越選手は打者としてはホームランバッターではなかったものの、左打席から野手の間を抜く鋭い打球を放つ好打者。守っては打球への反応の良さと、元投手らしい強肩を生かした守備が光る名セカンドでした。

ただ、彼にとっての4年前の選抜はおそらくあまり良い思い出ではないはずです。

その大会で初戦を快勝して迎えた2回戦、奈良の強豪・智弁学園を相手に1-0とリードして試合を進めた鹿実は、終盤7回に2つのエラーをきっかけに逆転負けで甲子園を去っています。その2つのエラーを献上したのが、セカンドを守っていた板越選手でした。

もちろん野球はチームスポーツですから、彼だけのせいで敗れた試合だとは決していえません。しかし試合後の宮下監督の談話は、辛辣そのもの。「板越のせいで負けた」と名指しではっきりと彼のプレーを批判していました。普通の監督ならミスした選手をフォローするところ。はたから見れば「教え子を晒し者にするのか」「教育者として信じられない発言」と思われても仕方ありません。

ですが、私はこの発言に宮下監督らしさを感じずにはいられませんでした。なぜなら宮下監督自身も現役時代に、全国の大舞台で自身のエラーをきっかけに敗れた経験があるからです。

その試合は、今から25年前の社会人野球日本一を決める都市対抗野球勝戦。同点で迎えた延長10回裏の守りで当時セカンドを守っていた宮下監督は、二塁併殺を取りに行った結果悪送球。送球が逸れる間に相手走者の生還を許しサヨナラ負けというもの。まさに、自分自身のミスが直接敗退に繋がった瞬間でした。

「あのプレーがあったら、あの悔しさがあったから、今の自分がある」

自身で後にそう語っている宮下監督は、その後も所属実業団の中心選手として活躍し続け、会社の経営統合によるチーム再編をきっかけに引退するまで12年間社会人選手としてプレーしました。

私は宮下監督の社会人野球時代の経験が、今の鹿実野球に色濃く反映されていると感じます。

「悔しさをバネに強くなれ」

日々の厳しい言動や指導方針も、選手たちに伝えたい想いはこれに尽きるのでしょう。あの選抜の敗戦後に板越選手に対して敢えて厳しい言葉を放ったのも、自らの経験を踏まえた上でそう伝えたかったのではないでしょうか。選抜後のテレビインタビューで「あの悔しさを晴らすために、また甲子園に戻りたい」と決意を語る板越選手を見て、宮下監督の気持ちは彼に十分伝わってるはずだと私は感じ取りました。結果的に夏の甲子園を掴む事はできませんでしたが、「甲子園でエラーした自分」を超えるために戦ったあの日々は、きっと板越選手を人間的に強くしてくれははずです。

 


現在板越選手は、東都大学リーグの名門日本大学野球部に所属しています。昨年は一時期4番に座るなど中心選手として活躍。最終学年の今年は副キャプテンの肩書も加わり、チームを牽引する立場になりました。チームは2部リーグに低迷していますが、4年前の悔しさを乗り越えた板越選手なら必ずや古豪復活の大きな力になってくれる事でしょう。彼にとって集大成の一年となるよう、素晴らしい活躍を期待してます。